utsu-cafe’s diary

うつと暮らす日々

つまりは

開き直りも大事なんだな。

人生が駄目になりつつあって、それでもなお強がることは、まずまずの欺瞞になる。

いずれ理解されるかは解らないが、しかし致し方ない。

不当

時間的に、先に貢献してきた人物と、最近ポッと出で始めた人間を、同じ待遇にするのは全くナンセンスだ。

 

社会的な常識も欠如している連中と、いつまで働けるか。

世界の片隅で蹲るワープア

私は所謂ワーキングプアだ。

ワープアなりに日々を振り返ってみよう。

 

毎月の出勤日数は、およそ22日。

残業は時折あるが、月に10時間程度。

先月はエライヒトに残業を減らせと命じられたので、帳面上はゼロにした。

通勤時間は、往復で2.5時間。混んだ電車に揺られ、疲れる。

勤務時間は9時間(休憩が1時間ある)

服装は比較的自由で、仕事中の飲食や離席もある程度は許容されている。

 

給料は額面で20、手取りで16ちょっとだ。絶望的なことにボーナスは無い。

端的に計算して、9時間×22日で16万だ。

もちろん、額面ベースで計算すれば、最低賃金をわずかに超える。

だが、生活実感として手取りで計算すれば、時給は900円ちょっと。実質的に拘束される休憩時間を含めてこれだ。

※ちなみに、休憩を含めなければ800円ちょっとと、並の高校生バイト以下である。

 

生活実感で言えば、もはや死ぬしかない。

転職しろよ、という声も聞こえてきそうだが、一度精神を殺られてしまった身としては、そもそもそんな気力は湧かないし、ゆとりもない。

だいたい、もはや生きていたいと思えないからこそ、今の境遇なのだ。

 

私はワープアだ。

それなりの大学を出ながら、しかし最初の数年で精神をダメにして、死にかけの廃棄物になったところを死にきれずにだらだらと今を続けている、生けるゴミなのだ。

何らかの要因で痛みなく死ねれば、ずいぶん楽なのだが……詮ないことだ。

 

職場に付きそうだ。

死にそうな顔で、心を無にして、ただ役割を演じる。

雷雨

もう十月ですか。いや早いもので。

なんのかんのと時間が過ぎて、まあ色々あったものです。

 

さりとて、ダルいダルいとぼやきながら労働に向かう毎日。

相変わらず実りはないし、相変わらず死ぬまでの消化試合です。

 

しかし顧客的にはここからが正念場ですし、春までは七転八倒、阿鼻叫喚、メンタルがニャンという無間地獄。

願わくは彼らがきちんと現実を受け入れられることを。

 

鬱と死の片隅で

楽に死ねる場所があれば、それを選ぶ権利があれば、人生は充実する。

いま左右を見渡しても生きる価値の無い有象無象が転がっている。

こんな無知蒙昧で、品性下劣なクズどもは滅ぼすべきなのだ。

 

やつらは存在が悪だ。

醜い。

だから滅びるべきだ。

明解な論理だ。

 

私は誰も搾取していない。

にも関わらず、汚いクズどもは搾取してくる。

だから滅ぼす。

世界から放逐する。

それが正しい道だ。

婚活と、なんたらかんたら

不細工に人権は無いのか、と世を恨んだ回数なら人に劣後しないと自負している。

 

さて。

「こんな男はダメ」とか「こんな女はダメ」みたいなことを、さも正義のように振りかざして他人を批判する婚活サイトとかアドバイザーを見かける。

すると、そういう正論モドキに振り回される人が可哀想になってくる。

 

「清潔感が大事」
「会話のレスポンスは的確に」
「最初のデートでは……」

 

うん、多分それはある程度、正解なんだろう。

根拠も何もないものを言うほど、彼らも落ちぶれてはいない……と信じている。信じさせてくれ。
でも、どれだけ「正解」を煽り立てても、それは所詮「絶対」にはならない。
なぜなら、それはある程度までの前提でしかないし、「交際」という不可思議な世界の中では理論立てした前提など容易に覆るからだ。

 

マニュアルとテクニックで可能性を上げろ、という意味なら勿論、理解している。
まずは出会いと幾らかの付き合いが無ければ、物事は始まらないとも言える。
その点で、婚活に纏わるエトセトラにも理は無くもない。
だが日の浅い薄っぺらな技術とお仕着せの見てくれで、相手を騙し続けることは不可能だ。

 

まあ、結局そういう小手先のテクニックで釣り上げた相手が、自分の欠点や弱さをどれだけ受け入れてくれるのか。
単なる恋人ごっこで終わらせるつもりなら、精々自分の美しいところを見てもらえばよい。
だが、一生添い遂げるつもりなら、着飾らない……というかどちらかといえば「みっともない」自分を見てもらって、その対応を見るほうが断然よい。

結婚や同棲を視野に入れるなら、当たり前だが着飾らない現実が待っている。

 

自分の下着を洗われてもいいか?

寝起きの無警戒な顔を晒せるか?

近親者と揉めたりしたらどうでるか?

 

厳しい言い方をすれば、婚活の魑魅魍魎が囁く声に手もなく左右されている時点で、交際ワールドではエサに限りなく近い。

相手を尊重して受け入れること、相手にも尊重してもらい受け入れてもらうこと……言ってしまえば、要点はそれだけなのだ。

勿論、これも前提となる姿勢に過ぎない。

こんな面倒なことを考えなくとも添い遂げるカップルもあれば、よくよく考えても上手くいかないカップルもある。

あなたとパートナーの関係は、この世界に二つとない特別なものだからだ。

オリジナリティ溢れる物語を、手垢にまみれたチープなテクニックで汚さないで欲しい。

 

そう思う。

攻撃的メンヘラ、或いはひたすらに世界を恨む魔物について

ラノベみたいで恐縮せざるを得ないタイトルだが、しかし今日のテーマは重い。

 

かつて、知人が攻撃的メンヘラに絡まれたことがある。

より正確には、彼女の為せる全方位攻撃に巻き込まれたらしい、というところだ。

その辺りの話を何回かに分けてしよう。

※なお、身バレなど到底あり得べからざるとは思うが、慮って幾ばくかの虚実を織り交ぜて語ることをご了承願いたい。

 

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彼女は、出会った初めから、明らかにメンタルヘルスの不調を醸し出していた。

目付きは焦点と視線のズレのせいで如何にも「病んでいる」感じが出ていたし、口許は常に「への字」か皮肉めいた笑みにしかならないようだった。

手首を見たわけではないが、夏にさしかかる暑さの中でも常に長袖の服を着ていたから、傷があるのかもしれない。

それでも、僕は(仕方ないことに、当時はそれが仕事だったから)彼女に話しかけた。

 

「こんにちは、ミムラさんですか?」

「……」

ミムラさん……ですよね?」

「……わかってるなら確認しなくてよくないですか?」

いきなりの喧嘩腰ときた。

しかしこちらに目を合わせないので、傍目には、ただ拗ねているようにしか見えないのだが。

「いや、間違いがあったらいけないと思ってね。確信があっても初回は訊くのがルールなんだ」

「……」

 

彼女が黙ったのを見て、とりあえず面談室に案内する。

ドアを開ける前に、軽く扉をノックした。

「どうぞ」

中から柔らかい女性の声がした。イチカワ先生だ。

「さ、ミムラさん、どうぞ」

僕が促すと彼女は僕を睨み付けて言った。

「気安く名前を呼ばないで」

「そうだね、まあ次から気を付けておくよ。面談時間は60分で、時間になったら声をかけるから」

返事の代わりにバタン、とドアが激しく閉まると、僕はため息をついて事務所に戻った。

 

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「ヒシダくん、大変だったでしょ」

彼女が初回の面談を終えて無言で出ていくと(当然僕は無視された)、面談室から出てきたイチカワ先生に声をかけられた。

「そうですね、端から喧嘩腰だったし……」

僕は思い出して、流石に眉根に不快感を示さざるを得なかった。

「ここのクライアントは大抵おとなしい人が多いですからね。久しぶりですよ、ああいうタイプは」

「鬱だ鬱だって云う割りには、彼女自身はしっかり行動できてるからね」

「難しいところですよ、実際。自分の進歩性や将来性の無さを、自分の無能力ではなく環境と病気のせいだけにしている」

イチカワ先生はコーヒーを淹れ始めた。それでいながら、聴いてるよ、というふうにちらりとこちらに視線をやる。

「勿論、彼女がああなってしまった原因は、外部的な環境……彼女の両親だか友人だか、生育状況に何らかの問題があった、というところでしょう?」

そうね、と呟きながらコーヒーメーカーから昇る湯気を指でかき回している。

「でも、平たくいってそれを怨念のように恨むだけでは人生が前には進まない。結局、彼女自身の人生を損なっているのは彼女なんですよ。原因を責めるなら気が済むまで好きにしたらいいけど、僕に叩きつけても無益極まりない」

僕は怒りのあまり、イチカワ先生に一気に捲し立てた。

裏切りと憎しみの狭間で

裏切られた側は、その事を忘れはしないものだ。

仮に、裏切った側が「そんなつもりは無かった」としても、裏切られた側にそんな了解はない。

否、了解をする必要などない。

 

そうだ。僕は、久しぶりに裏切りにあった。

裏切った当人を問い質せば「そんなつもりは無かった」というだろう。

しかし、明白なる裏切りだ。

意図的であろうと無かろうと、僕にとっての裏切りに当たる。

 

そして僕は、金輪際その人を赦しはしない。

積極的に危難を加えることは下らないし、余計な心理的負担になるだけだから、しない。

しかし少なくとも、その人の利益になるようなことは全くしないつもりだ。

当人が気付かなくても構わない。謝罪してほしいなどとも思わない。

ただひたすらに、僕は彼を赦さないだけだ。

 

この態度を、挟隘なる度量の為せるものとする人もあろう。

ひとたび過ちを犯した人に、一切の弁解の余地なく決別するという選択に、僕の狭量さを匂いとる人もあろう。

だが構わない。僕の暮らす生き方の……あの地獄から再び生きざるを得なかった僕自身の方策は、やはり極力まで自己と自己にとって守るべき存在の為にしか生きようとしないこと、なのだ。

だから僕の善的範囲から逸脱した人には、一切の顧みは無くなるし、更なる害をもたらすならば、それ相応の態度を取らざるを得ない。

そういう暮らし方をすると、決めたのだから。

いつかがあるか

明日こそは、来年こそは、という思いを持ったことがある人は多いと思う。

だがしかし、僕らの生きる日常が永遠でないのは明白な事実なのだ。

 

例えば、不治の病が見付かる。

例えば、大災害が起きる。

例えば、仕事を馘になる。

 

なんでもいい、こうした出来事との対面で日常の儚さを思い知り、不幸を呪う。

それが普通だ。

 

しかし、突然の不幸を不幸と感ぜない人がいる。

それはまさに、不幸のさなかにある人だ。

生きることになんらの意味を見出だせず、然りとて内発的にその苦境を打破することもできない。

生き地獄……他人からどう見えるかはさておき、こうした地獄にいる人は、むしろ外発的に破綻と終焉が訪れることを願ってすらいる。

自ら死ぬのは難しくとも、他者依存として殺されるなら言い訳が立つ、と。

 

自らの生に意味を見出だせずにいれば、畢境この考えに至るのは自然である。

自分ひとりさえ救ってくれぬ神に、自分ひとり分さえ積極的意義を与えてくれぬ生に、何の価値があろうか。

ある哲学者は「人生に意義を与えるのは己自身だ」と宣ったそうだが、それは外的要因に恵まれた人間の、勝者の理論に過ぎない。

人生の本質は「そこに意義など無い」というものだ。

偶々うまく生きられるか、苦に病んで呪詛の果てに死ぬか、行動と情勢の揺らぎの重なりに結末が生み出されるだけなのだ。

 

成功者ほど、自らの運を努力や意志に置き換えたがる。

いかほどに功成り財積み果てたとしても、かような時間は死という絶対により終わる。

そこに何の価値があるか。

成功者として死すれば、必ず後人の謗りと妬みを買う。

名も無き一人として死に臨み、裁きの御前で「何もなし」と答えることが至上の愉悦なのだ。

無謬の夢

時々、夢を見る。

僕は今より若く、知らない街に住んでいる。

行きつけの喫茶店に入ると見知った顔が幾人か出迎えてくれる。

現実には知らない人々だけれど、しかし明らかに友人として僕を歓待する。

僕はとても心地よさを感じる。それはあたかも、机の抽斗にペンやハサミがきちんとしまわれるような、あるべき物があるべき場所に収まり、役割を待つ静謐と躍動である。

僕はいつでも動きだせる。善を為して皆の為に働ける。

根拠のない、しかし確信に満ちた期待の高まりに、自然と笑みがこぼれる。

 

夢はそこで終わる。

白けた天井、背を固く跳ね返す寝床、乾いた空気。

わずか腕に掛かるタオルケットの柔らかさだけが、夢の残り香を漂わせる。

起き抜けに出るのは、死人の呟きに似た溜息だけだった。

 

夢の続きを見ようにも、恐らく確実に異なるものになってしまうし、何より夢が途絶えた瞬間から、また泥濘の日常を始めなければならないことが判っている。

どこにも行かないし、どこにも辿り着かない、死ぬまで繰り返さなければならない日常。

虚しいことに、これが僕の生きる世界なのだ。

 

適当に着替え、家を出て電車に揺られ、時間を労働に切り売りして、日銭を得て帰る。

疲労を癒す時間も金もなく、ただアルコールと睡眠だけで次の休みまでを切り抜ける。

クリエイティブな何かも無ければ、ドラマチックな何かも無い。

ただ人から蔑まれ、侮辱され、見下されるだけのサンドバッグを役割としてこなす。

こなさなければ、辛うじての生活すら崩壊してしまうだろう。

 

だが本当は疑問に思っている。

僕の生きるこの泥濘を、なぜ辛うじてでも守らなければならないのか?

こんな人生は、捨てて一向に構わないものではないか?

毎日のように身体を引き摺って乗る電車の窓には、澱んだ目をした己が映る。

疲れきり、顔色は悪く、精気がない。

 

そいつが勝手に口を開く。

 

「疲れただろ?もう止めちまえよ」

「何のために生きてるんだよ」

「誰もお前を愛さない」

「存在価値は……やっぱりないよなあ」

「生きてて楽しいか?」

 

黙ってその言葉を聞いていると、そいつは更に続きをまくしたてる。

 

「くだらねえな」

「世界なんて敵だ」

「お前を死なせようとしている」

「お前が苦しむ様を見て笑ってやがる」

「復讐しようぜ」

「なんでもいい。殴っても突き落としても刺してもいい」

「お前らの思い通りにはならないって、一発喰らわせてやれ」

「そうしたらお前は自由だ」

「生活にしがみつくバカどもより上の存在だ」

「見下してきた連中を怯えさせてやれ」

 

それもいいかもな、と思った瞬間、最寄り駅を告げるアナウンスに気付いて慌てて降りる。

……こんな生活を続けていたら、間違いなく過ちを犯すだろう。

でも、たぶん誰も、僕を助けてはくれない。

みんながみんな、生きるのに手一杯だし、他人に何も与えられない僕が、誰かの手助けを望むなんてきっとおこがましいことだ。

 

いつ発狂するか分からないが、しかし、その時は、何らかのケリを着けようと思っている。