utsu-cafe’s diary

うつと暮らす日々

不見識と狭隘の世界

人として大事なことが、たくさんある。

それを大切にすることは……ある意味で人生への誇りのようなモノを守ってくれはする。

だが、残念ながら大抵の場合には、無意味だ。

人として高く在ることは、現実的諸課題の前に無力であり、そんな高邁さよりも力……権力、金銭、或いは暴力……の方が余程に色々な解決をもたらしてくれる。

 

善くあれ、清く生きよ、とは皆言うが、しかし実際に其処に殉じて生きた人間を知らない。

誰も彼も都合よく言葉を振りかざし、力を求め行使している。

醜い。

 

結局、力を持たない理想は無力な夢想に過ぎず、ただ己が己として生きるには力さえあれば事足りるのだ。

高く在ることは、自己を満足させ他者を侮蔑するには役立つが、そこに留まる。

 

私は私なりに力を持ち、それを広げようとすべきだ。

一身を擲って刺し違える世界なのだ。

初夏

初夏というにはまだ早い気もするが、しかし肌を突く陽射しの強さは、そう形容すべきものになってきている。

 

過去のブログを畳み、そこからサルベージした文章を保存しておいた。

殆どの文章はただの宛もなき断片に過ぎず、世界を埋め尽くす名も無い充填であるが、しかし幾つかは当時の魂の叫びのような切実な絶望を含ませていた。

 

振り返って、今。

私は私としてあるべき様相の狭間からどうにか逃れようとあがき、やはり無為とも思えるリピートに日々磨耗している。

だが、まだ。どうにか。

 

未来に世界がつながるように、儚くも歩く。

春だから

やる気が出ない。

というよりも、日々の雑事が色々重なり、自分が望む道に足が進められないような感じなのだ。

 

否。

僕に「望む道」なんて大層なものは、無い。

あるとすれば、ただひたすらに、適性の無い「人生」から逃避していられるシェルターのような布団に居ることだけだ。

 

然りとて、稼がなければ(身体的かつ社会的に)死んでしまう可能性があるので、毎日虚ろな存在で会社に行き、虚ろな時間に出芽しない種を撒く。

 

テレビは見ない。

見て益になるものもあるだろうけど、基本的に毒でしかない。

 

ネットは、まだ選べるからよい。

 

とりあえず無だ。

無心で日々をやり過ごす。

いつかは死ねるから。

春が来る

震えるような寒さが往来する時期は、しかし幾つかの喜劇を残して去りつつある。

季節の流れから取り残された人々は、一巡りしてしまった春を前に何を考えるのだろうか。

 

私は可能な限り忠告をした。

だがそれを聞き入れなかったのは君たちだ。

一文にもならぬであろうプライドを優先するあまり、身の丈を見つめずに過ごしていた。

そしてプライドを満たすだけのすべきことをも怠った。

それなりの努力をしたのは否定しない。

だが結果が全てだ。

結果を受け入れなければ、どこにも行けやしない、という真理から学ぶのだ。

 

そして僕も、やはりどこにも行けはしない。人に安く使われて、何もかもが喪われていく中で、最後には自分自身も喪われる。

 

そういう末路だ。

生き死に

年があけてしまった。

そして昨年も知り合いが死に、今年も早速人が死ぬ話が出てきた。

僕は、人の死には比較的、耐性がある。

人間はいつか死ぬ。どうしようもなく、死ぬ。

惨めにか幸せにかは解らないが、死ぬのだ。

それは致し方ないことで、人生はどうしてもそうした別離やなにがしかの哀しみで出来ている。

 

僕もそのうち死ぬ。

近いか遠いか、あまりそう遠くない気がするけど、死ぬのだ。

予感がある。予感によれば、惨めに死ぬ。

世界の片隅で蹲るワープア

私は所謂ワーキングプアだ。

ワープアなりに日々を振り返ってみよう。

 

毎月の出勤日数は、およそ22日。

残業は時折あるが、月に10時間程度。

先月はエライヒトに残業を減らせと命じられたので、帳面上はゼロにした。

通勤時間は、往復で2.5時間。混んだ電車に揺られ、疲れる。

勤務時間は9時間(休憩が1時間ある)

服装は比較的自由で、仕事中の飲食や離席もある程度は許容されている。

 

給料は額面で20、手取りで16ちょっとだ。絶望的なことにボーナスは無い。

端的に計算して、9時間×22日で16万だ。

もちろん、額面ベースで計算すれば、最低賃金をわずかに超える。

だが、生活実感として手取りで計算すれば、時給は900円ちょっと。実質的に拘束される休憩時間を含めてこれだ。

※ちなみに、休憩を含めなければ800円ちょっとと、並の高校生バイト以下である。

 

生活実感で言えば、もはや死ぬしかない。

転職しろよ、という声も聞こえてきそうだが、一度精神を殺られてしまった身としては、そもそもそんな気力は湧かないし、ゆとりもない。

だいたい、もはや生きていたいと思えないからこそ、今の境遇なのだ。

 

私はワープアだ。

それなりの大学を出ながら、しかし最初の数年で精神をダメにして、死にかけの廃棄物になったところを死にきれずにだらだらと今を続けている、生けるゴミなのだ。

何らかの要因で痛みなく死ねれば、ずいぶん楽なのだが……詮ないことだ。

 

職場に付きそうだ。

死にそうな顔で、心を無にして、ただ役割を演じる。

雷雨

もう十月ですか。いや早いもので。

なんのかんのと時間が過ぎて、まあ色々あったものです。

 

さりとて、ダルいダルいとぼやきながら労働に向かう毎日。

相変わらず実りはないし、相変わらず死ぬまでの消化試合です。

 

しかし顧客的にはここからが正念場ですし、春までは七転八倒、阿鼻叫喚、メンタルがニャンという無間地獄。

願わくは彼らがきちんと現実を受け入れられることを。

 

鬱と死の片隅で

楽に死ねる場所があれば、それを選ぶ権利があれば、人生は充実する。

いま左右を見渡しても生きる価値の無い有象無象が転がっている。

こんな無知蒙昧で、品性下劣なクズどもは滅ぼすべきなのだ。

 

やつらは存在が悪だ。

醜い。

だから滅びるべきだ。

明解な論理だ。

 

私は誰も搾取していない。

にも関わらず、汚いクズどもは搾取してくる。

だから滅ぼす。

世界から放逐する。

それが正しい道だ。