utsu-cafe’s diary

うつと暮らす日々

無謬の夢

時々、夢を見る。

僕は今より若く、知らない街に住んでいる。

行きつけの喫茶店に入ると見知った顔が幾人か出迎えてくれる。

現実には知らない人々だけれど、しかし明らかに友人として僕を歓待する。

僕はとても心地よさを感じる。それはあたかも、机の抽斗にペンやハサミがきちんとしまわれるような、あるべき物があるべき場所に収まり、役割を待つ静謐と躍動である。

僕はいつでも動きだせる。善を為して皆の為に働ける。

根拠のない、しかし確信に満ちた期待の高まりに、自然と笑みがこぼれる。

 

夢はそこで終わる。

白けた天井、背を固く跳ね返す寝床、乾いた空気。

わずか腕に掛かるタオルケットの柔らかさだけが、夢の残り香を漂わせる。

起き抜けに出るのは、死人の呟きに似た溜息だけだった。

 

夢の続きを見ようにも、恐らく確実に異なるものになってしまうし、何より夢が途絶えた瞬間から、また泥濘の日常を始めなければならないことが判っている。

どこにも行かないし、どこにも辿り着かない、死ぬまで繰り返さなければならない日常。

虚しいことに、これが僕の生きる世界なのだ。

 

適当に着替え、家を出て電車に揺られ、時間を労働に切り売りして、日銭を得て帰る。

疲労を癒す時間も金もなく、ただアルコールと睡眠だけで次の休みまでを切り抜ける。

クリエイティブな何かも無ければ、ドラマチックな何かも無い。

ただ人から蔑まれ、侮辱され、見下されるだけのサンドバッグを役割としてこなす。

こなさなければ、辛うじての生活すら崩壊してしまうだろう。

 

だが本当は疑問に思っている。

僕の生きるこの泥濘を、なぜ辛うじてでも守らなければならないのか?

こんな人生は、捨てて一向に構わないものではないか?

毎日のように身体を引き摺って乗る電車の窓には、澱んだ目をした己が映る。

疲れきり、顔色は悪く、精気がない。

 

そいつが勝手に口を開く。

 

「疲れただろ?もう止めちまえよ」

「何のために生きてるんだよ」

「誰もお前を愛さない」

「存在価値は……やっぱりないよなあ」

「生きてて楽しいか?」

 

黙ってその言葉を聞いていると、そいつは更に続きをまくしたてる。

 

「くだらねえな」

「世界なんて敵だ」

「お前を死なせようとしている」

「お前が苦しむ様を見て笑ってやがる」

「復讐しようぜ」

「なんでもいい。殴っても突き落としても刺してもいい」

「お前らの思い通りにはならないって、一発喰らわせてやれ」

「そうしたらお前は自由だ」

「生活にしがみつくバカどもより上の存在だ」

「見下してきた連中を怯えさせてやれ」

 

それもいいかもな、と思った瞬間、最寄り駅を告げるアナウンスに気付いて慌てて降りる。

……こんな生活を続けていたら、間違いなく過ちを犯すだろう。

でも、たぶん誰も、僕を助けてはくれない。

みんながみんな、生きるのに手一杯だし、他人に何も与えられない僕が、誰かの手助けを望むなんてきっとおこがましいことだ。

 

いつ発狂するか分からないが、しかし、その時は、何らかのケリを着けようと思っている。